A01-5-23 公募研究

がん治療抵抗性のシステム的解析

研究室ホームページ http://www.tmd.ac.jp/mri/bgen/open.html

放射線や抗がん剤に対するがん細胞の抵抗性は、現在のがん医療に残された大きな課題の一つである。しかし、これまでがん細胞の治療抵抗性に関わる遺伝子発現制御機構について、システムズ・ バイオロジー的視点から統合的に理解しようとした報告はほとんど見当たらない。

 DNA 損傷などの刺激にさらされた細胞ではストレス反応を制御する転写因子群が活性化され、その標的遺伝子の発現を介してDNA 修復や代謝、細胞死などに関わる機能を制御している。我々はこれま で、様々な細胞ストレスに依って誘導される転写因子ATF3 の機能を解明するために下流標的遺伝子の網羅的探索を行い、ATF3 を含む約9つの転写因子から成るネットワークによって数千単位の遺伝 子の発現が制御されていることを明らかにしてきた(GEO no: GSE18457)。ストレス反応遺伝子の多くはプロモーター上に複数の転写因子の結合サイトを有しており、転写因子間の協調的或いは抑制的 な相互作用によって、極めてrobust なストレス反応制御機構が形成されていると考えられる。

 これらの研究成果を踏まえ、本研究ではがん細胞と正常細胞がストレス刺激に対して異なる反応を示すことに着目して、それぞれの細胞におけるストレス制御ネットワークの特性を明らかにする。特に上 記9つの転写因子の動態に焦点を当て、転写因子の発現、ゲノム標的への結合、標的遺伝子の発現を、次世代シークエンス(ChIP-seq及びRNA-seq 解析)と定量的質量分析によって網羅的に解析す る。この研究によって、正常細胞とがん細胞のストレス反応特性の違いに基づく新たながん治療戦略を確立し、がん医療に貢献する。

本研究では、これまでの我々のストレス反応制御因子の研究結果を踏まえ、9 つの転写因子群からなるコアネットワークの動態をシステムズ・バイオロジー的視点から解析する。
まず初年度は、iTRAQ 標識を用いる定量的質量分析により、各転写因子の蛋白質量の時系列変化をショットガン解析する。さらに、本学のIllumina Genome Analyzer によるChIP-seq、RNA-seq 解析を行い、それぞれ転写因子のゲノムへの結合と標的遺伝子の発現の時系列変化を網羅的に解析する。次年度以降は、各因子のプロモーターへの結合とノックダウンによる標的遺伝子の発現変動の解析を行い、ストレス反応における遺伝子発現制御ネットワークの新たなモデルを構築する。ポイントは、ヒト乳腺上皮由来の初代培養細胞とステージの異なる乳腺上皮がん細胞株を比較することで、正常細胞とがん細胞のストレス応答特性の違いを網羅的に探索する。がん細胞に特有なストレス反応プロセスを同定し、これを標的とする新たな治療法を開発するため、ストレス制御因子のノックダウンや化合物ライブラリーのスクリーニングに用いるための細胞ベースのハイスループット・アッセイ法を確立する(例えば、ストレス反応制御因子の結合サイトを含むレポーターの作成など)。
ストレス反応の網羅的な解析結果は国内外のデータベースに速やかに公開し、学会、大学ホームペ ージや講演会での発表を通じて広く社会に情報発信する。